朝が来るまで

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 抱き合ったまま、紺野は嶋田の身体を床へと横たえた。
 向き合ったまま、お互いのシャツのボタンを外し、嶋田は紺野の眼鏡にそっと触れる。両手で大切にフレームを外し、ことんと床の上に置く。そうすると、紺野の顔が降りてきて唇が触れる――ほら、やっぱり覚えている。
 思わず笑った嶋田に、紺野は「何だよ?」と少し訝しげな目を向けた。
「いや……前と同じだなあと思って」
「何が?」
「こういうこと……身体が覚えてるっていうか……あっ」
 紺野が耳朶を甘噛みしたので、嶋田は思わず声を上げた。
「そうだな、覚えてる……いや、忘れたことはなかったよ……」
 答えた紺野の舌が、嶋田の身体を辿っていく。首筋から鎖骨、裸の胸から腰へと、嶋田の快感も呼び覚まされ、紺野の舌が移動するたびに、嶋田はせつない喘ぎを漏らした。
 紺野の頭が下腹部へと移動し、その指が下着を掴む。急に羞恥が押し寄せて、嶋田は目をぎゅっと閉じたが、同時に紺野の動きも止まってしまった。
「春樹?」
 どうしたのだろうと顔を上げて呼びかける。
 紺野は嶋田の腰を抱いたまま、何か考え込むような顔をしていた。その顔が辛そうなのが気にかかり、嶋田は思わず身体を起こして紺野の肩を抱いた。
「どうした?」
 再度の呼びかけに、紺野はうろうろと視線を泳がせ、何か言いよどんでいたが、やがて意を決したように嶋田を見た。
「博隆、おまえ……恋人とか、いたか?」「いや」
 嶋田は正直に答えた。
「恋人はいなかった。でも、身体だけの関係の相手はいたよ。もう、何年も前だけど」
「女……?」
 嶋田は首を横に振った。
「もう、何も隠し事はしたくないから、僕はおまえに対して正直でありたいから、隠さずに本当のことを言うよ……おまえと別れてすぐあとは、おまえを思ってずっと一人で自分を慰めてた。でも、どうしても寂しくて……何回か違う男に抱かれた。その手の店とか、ネットの掲示板とか……本当に適当に相手を探して。でも、どの男もおまえに似ていたよ。そのことに気がついて、全部やめたんだ。誰だって、おまえの代わりになんかならない。それからはもう、本当に独りだったよ。そうだな、八年くらい――」
 紺野が怒っても仕方ないと嶋田は思っていた。
 別れるように仕向けたのは自分だった。自分からそんな風にしておいて、寂しいからと言って他の男に抱かれたのだ。だが、怒られても傷つけても、本当にもう、何も隠しておきたくはなかった。だから、紺野だって敢えて聞いたのだろう。
「……怒ってる?」
 嶋田の問いかけに、今度は紺野が首を振る。
「違うんだ。怒ってるんじゃない――俺は、自分は結婚しておきながら、おまえが他の男と寝ていたことがショックで……俺以外の男がおまえに触ったのかと思うと、それがたまらなくて……」
 紺野は俯いた。
「十年前のことも、おまえが俺のことを思って何もかも仕組んだんだってことはわかってた。でも、俺は自分の気持ちを貫けなかった。おまえのことが信じられなくなって絶望して……なのに、心のどこかで、おまえはきっと一生俺だけを思ってるんだなんて決め付けてて……本当に、笑い話にもならないよ。おまえが誰と寝たって、俺におまえを責める資格なんてないんだ」
「責めろよ。責めていいんだ」
 紺野の俯いた前髪を、嶋田はそっと指で掬った。そして、懺悔するように、彼の前に頭を垂れる。
「俺の大事な身体を他の男に抱かせたって言って、僕を責めてくれよ……」
 我慢できず、嶋田は目の前の身体を掻き抱いた。眼鏡のない紺野は幼くて、そのことがよけいに哀しくなる。馬鹿なことをして、大事な男を泣かせた自分に腹が立つ。
「あなたのやったことは自己満足だって、高科君にそう言われたよ。そんなことはわかってるつもりだったけど……でも、本当に彼に教えられたんだ。僕は、おまえと続ける努力を放棄したんだよ」
 もういいよ、と言いたげに、紺野は嶋田の頬を撫でる。どちらが悪いということではないのだ。ただ、お互いを思う気持ちが噛みあわなかっただけ――。
「高科か」
 紺野はふっと笑みを漏らした。
「あいつは本当に、あの頃の俺によく似てた。ただただ加納に夢中で、先のこととか現実とか、何も見えてなくて。あれで隠してたつもりなのかもしれないけど、わかる者にはすぐにわかるくらいにダダ漏れだった。だからあいつを見てると、あの頃の自分を思い出して、本当に苛々した。でも、本当は羨ましかったんだ。あいつらには未来があって可能性があって……でもな、俺は本当に、本当に、加納を博隆の二の舞にしたくなかったんだよ……」
 許しを乞うような紺野の目元に、嶋田はそっとくちづける。誰が許さなくても、高科君が許さなくても、僕が許すよ、そう言うと、紺野はほっとしたように目を閉じた。
「博隆」
「ん?」
「――てくれ」
 嶋田の腕の中でしばらくたゆたっていた紺野が言葉を紡ぐ。よく聞き取れなくて嶋田は紺野の唇に耳を近づけた。
「触らせてくれ――」
 言葉と一緒に、紺野は嶋田に覆いかぶさっていった。


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