箱の中には
ねえ先輩、明日のバレンタインなんだけどさ。
ん?
義理しか受け取らない……よね。
何言ってんだよ。それはこっちの台詞だよ。
絶対だからね。絶対に……。
そう言って、昨夜、縁は俺を激しく抱いた。今も腰のくびれに縁の指のあとが残っているし、襟足すれすれに刻まれたキスのあとが、服が擦れるたびにヒリヒリする。
縁は時々、セックスのときこんなふうにテンパってタガがはずれることがある。乱暴だというのではないが、どこか切羽詰まって自分の痕跡をやけに残したがるのだ。
余裕のあるやつだと思ってiいたけれど……いや、今はそれよりも。
俺は、縁のベッドの上に片膝をついて身を乗り出した。
ベッドの上に、シックにラッピングされた箱が置いてある。
今日は2月14日だ。
どう見ても、これはチョコレートに違いなかった。しかも安物ではない。ブラウンのチュールをあしらったラッピングの雰囲気からして、どう見ても義理のレベルではない。
「義理以外は受け取るなって俺に言ったくせに」
俺はここにいない縁に文句を言った。自分は何だよ。ちゃっかりもらってるんじゃないか……!
縁はもともとノンケだ。俺とこうなる前は、きっと彼女だっていただろうし、今だって今年の新入社員の中じゃ女の子に一番人気がある。
俺は憤り半分、味気なさ半分でその場に座り込んだ。
今日は家メシしようということになっていて、縁は買い忘れたものがあるからと言って、コンビニに出かけていた。留守番していた俺は、ベッドの上にジャケットを脱いで……そして見つけてしまったのだ。その箱を。
断りきれなくて押し付けられたのかもしれない。
だが、俺が今日、部屋に来ることがわかっていて、こんなところに置きっぱなしにしておくのはいくらなんでも無神経すぎるじゃないか。傷つけられた思いを持て余し、俺はその箱を手に取った。
箱を掴む指に、思わず力が入ってしまう。
このまま――このまま捻りつぶしてやろうか。それとも、床に叩きつけてやろうか。そんな物騒なをことを考える自分はどうかと思う。あまりにも大人げなさすぎる。だが、わかっていても、嫉妬心というやつが俺の心をマイナスへと傾けていく。
縁はどんな顔でこれを受け取ったんだろう。どこで渡されたんだろう。会社の子? 俺の知っている子? 考えれば考えるほど、抜け出せないループにはまっていくようだった。
よく見ると、ブラウンの包装紙に透かし文字が入っている。『For you』――その言葉を認識したときに、俺の中で何かが切れた。
――嘘つき!
かあっと身の内から燃え上がるものがあって、もう自分を止められない。俺は無意識に箱を持つ手を振り上げていた。その箱の中に詰まっている誰かの思い。それを考えるだけでたまらなくなって。
「先輩!」
だが、ドアの開く音と一緒に、縁の慌てた声がした。
「ちょっと何やってるの! やめてよ、それは……」
言いながら、俺の手から箱を取り上げようとする。そうかよ、そんなに大事なのかよ、この箱が……!
「こんなの……っ!」
「先輩!」
だが、俺が力で縁に敵うはずがない。俺は箱を取り上げられ、さらに手首も掴まれてしまう。手の動きを封じられた俺は、それでも脚をばたつかせてじたばたと抗った。
「離せよ……っ!」
「先輩落ち着いて! 何か誤解してるって!」
「何が誤解だよ!」
「だってそれは、俺が先輩に買ったチョコだから!」
「……えっ?」
「俺が先輩に渡すチョコなんですって……ほんとにもう……あんたって人は!」
縁はそう言って、呆けている俺を頭から抱きしめた。
「他の人からなんてもらうはずないでしょう。昨日、そう言って約束したじゃないですか」
「いや、あの……」
俺は少しずつ事情が呑み込めてきて、同時に、とんでもない早合点に気がついて顔が赤くなる。嫉妬のあまりに誤解をして、あろうことか縁が俺に買ってくれたチョコレートを、この手で床に叩きつけようと……。
「ご、ごめん……っ」
「……許さないから」
縁はそう言って、俺の顎を掴んで上を向かせた。あっと思う間もなく降りてきた唇が呼吸を奪う。長い舌が口の中に入り込んできたかと思うと、難なく俺の弱いところを見つけて舐めまわしてきた。
「……あ、や……っ」
「俺のこと信じなかったし」
今度は大きな手がシャツの中に入り込んできて、爪の先で胸の粒を引っ掻いた。両方を一度に触られると、俺はいつも立っていられなくなる。そのことを知り尽くしながら、縁は平らな胸を揉むようにして、その中心をいじくり回し始めた。
「んあ……っ、やだ……っ」
「また一人でぐるぐるしてるし」
そして今度は足の付け根のあたりを集中的に撫でまわす。でも、肝心のところには触ってくれない――。
「や、ユカリ……ちゃんと触って、さ……ああっ……」
「それに何なのもう、可愛すぎるから」
――ほんとにあんたって人は……。
怒ったような、笑ったような顔でそう言って、縁は俺を軽々と抱き上げる。そのままベッドに落とされて、逞しい身体がかぶさってきた。
「先輩と一緒にチョコ食べようと思ったんだけど」
「あ……食べる……食べるからごめ……ん、あ、んんっ――!」
「こうなったら、先に先輩を食べないと……」
「や……あ、何言って……」
いただきます、と笑った唇が俺の身体を食んでいく。齧られて、舐められて、啜られて、俺はだんだんとけていく。
「ほら、もうとろとろ」
「やぁ……」
まるで、舌の上で転がされるチョコレートみたいに。
箱の中には
愛と
誤解と
やっぱり愛と
Happy St. Valentine's Day.
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