シルバーリング
ほとんど無言で抱き合っていた。
聞こえるのは、潤の肌がシーツを滑る音と、キスを繰り返す湿った水音。そして、俺が潤の身体に触れるたびに届けられる、甘い甘い喘ぎ声だけだった。
……先へ進みたい気持ちはあった。でも、ようやく触れることのできたこの身体を、俺はもっともっと愛したかった。
潤に触れずに過ごした一ヶ月間を埋めるために、そしてこれから綿々と続く、潤に触れられない時間を埋め尽くすために。
潤のいいところはすべて知っている。あの声を、あの表情を、全部引き出して自分の中に刻みつける。刻みつける。忘れないように。
――ずっと忘れないように。
俺は潤の顔から首筋をたどり、脇のラインまでゆっくりと唇を這わせた。
「何か言って……」
潤は乱れた息で懇願した。
「おまえのいろんなところにキスしたいから、そんなヒマない……」
「ばか……っ」
実行とばかりに、誘うように尖った乳首に吸い付くと、潤は背中を仰け反らせた。奇跡みたいにエロくしなる背中を指の腹で受けとめて、俺は潤の耳に口を寄せた。
「アレ、まだ残ってる?」
「……アレ?」
答えの代わりに、俺は潤のうしろを探った。
固く閉じたそこを、指でそっと撫でる。その所作の意味を察し、潤は目尻を赤く染めて、俺の肩に爪を立てた。
「あ、や……っ」
「傷つけたくないんだ、潤のこと……」
恥らう潤に、宥めるように俺はキスを繰り返す。
「久しぶりだから――潤にも、気持ちよくなって欲しいから」
潤は震える指で、ベッドの横のチェストを指差した。
「そこに……入ってる。前と同じところ」
引き出しを開けると、使いかけのジェルのボトルと、未開封のコンドームの箱が入っていた。俺が買ってきたものだ――使った痕跡のないことに、俺は安堵して泣きたくなった。
「潤……」
なに? と言いたげに、潤は悩ましげな視線を投げてきた。
「ごめんな――おまえと紺野課長のこと、疑ったりして……」
ごめん、とキスをする。軽く触れるだけの謝罪のキスのつもりだったのに、潤は俺の舌を迎え入れてくれた。濡れた舌を絡めながら、互いの唇を確かめ合う。
そう、これも覚えておくんだ。ストイックな潤の、エロいキスの味も。
キスを繰り返しながら、俺はジェルで濡らした指を、潤の閉じたところに塗りこむように侵入させた。
「冷たい……」
「すぐに熱くなるから……」
「う……ぅ」
指を増やして何度も行き来する。そのたびに開かせた潤の膝がゆらゆらと揺れ、中心にあるものがはっきりと勃ち上がってきた。それを優しく口に含むと、開いていた膝が、俺の頭をぎゅっと締め付けた。
「あぁ……あ……や……」
舌先で茎の部分をなぞりながら、挿入した指で潤のとろける部分を擦る。ほぐされるのを待っていた身体は、そこから一気に溶け出していく。
「あっ、や……やッ……だめ、だめ……」
「イケよ。潤」
たまらなく先端から溢れ出してきたものを、俺は舌で掬い取った。そんなになっても、潤は頭を振って、涙を流しながら抵抗する。
「嫌だっ……」
「どうして? 気持ちよくない? 辛い?」
「嫌だ……おまえがいい……欲しい……真治、あっ、しんじ……」
泣き濡れた言葉が終わらないうちに、潤のなかへと己を貫いた。
一気に押し入ったけれど、蕩けきって柔らかくなったそこは、ずぶずぶと俺を受け入れて絡みつく。飲み込まれるままに潤のなかに身体を預け、その細い腰を両手で支えて下半身を揺すり立てた。
「あ……んっ、やあ……っつ」
揺さぶるたびに、潤は涙を流す。さっきは指で拭った涙を今度は舌で掬い取り、俺は潤の顔中に、夢中でキスをした。
「しんじ、しんじ」
潤が名前を呼んでいる……別れを告げられた日に、もう名前で呼ばないと言った潤が、狂おしく俺の名前を呼んでいる。
俺は応えた。それしか言葉を知らないみたいに名前を呼び合って、求め合った。
「潤、潤――好きだよ。好きだ――」
「しん……じ、俺……」
「なに?」
繋がったまま、キスと一緒に顔を覗き込む。
「どう……しよう、おかしくなる……あっ……や、怖い……あっ、こ……んなの知らな……あっ、怖い、しんじ、しんじ……」
押し寄せる快感の波に怯えて潤は泣いた。
助けを求めるように伸ばされた腕を、俺は自分の首に絡ませる。
繋がってから、俺はまだ潤の屹立に触れていない。ただ揺すりたて、後ろへの刺激を与え続けていた。もしや……と思い、ぐっと腰を深く突き入れる。際限なく俺を飲み込むそこは、まるで底なし沼のようだった。
「大丈夫。怖くない。怖くないから……俺がいるから――」
腕を絡め、足を絡め、舌を絡め、混じり合った物質のように、俺たちは抱き合って溶け合った。
最後と言いながら、一度では終わらなかった。ジェルは底をついたけれど、途中から必要なくなった。濡れてドロドロで、そこにあるのは、愛しさと怖いほどの快感だけ――こんなセックスをして終われない……俺は自分の考えの浅さを呪った。
今日、俺たちは、確かに今まで知らなかった域に辿り着き、未知の快感に呑みこまれた。それが、最後という言葉に煽られた結果だったとしても――。
「……死ぬかと思った」
眠っていると思った潤が、腕の中で呟いた。
「大丈夫?」
離したくない……抱き合えばこうなることはわかっていたのに……目の前の潤の髪を撫でながら、俺は言葉を探した。
「話すよ」
「え?」
「どうして真治と別れようと思ったのか、ちゃんと話す。話した上で理解してくれたら、その方がずっといい」
聞くのが怖いとは言えなかった。それなら、こんなふうに抱き合わなければよかった……。
俺はまだ躊躇しているのに、潤は身体を仰向けに反転させると、手を胸の上に組み、静かに語り始めた。
「紺野課長なんだけど」
出てきた名前に、俺はげんなりとする。紺野課長の話なら、よけいに聞きたくないと思ってしまう。
「俺たちのこと、気付いてたんだ」
「――何だって?」
予想外の話の流れに驚いて、思わず身を起こす。潤は、なおも天井を見上げていた。
「知ってて、それで自分たちの過去を踏まえて……助言してくれたんだよ。男同士で愛し合って寄り添っていくってことが、どういうことなのかって……」
「自分たちの過去って……」
俺は、当然その過去を知っていた。だが、それが課長から語られた過去であるということを、確かめずにはいられなかった。
「紺野課長と、嶋田室長の過去」
上を向いていた潤は、身体ごと俺の方を向く。目を潤ませ、震える声で潤は告げた。
「好きだよ。真治――でも、だからこそ俺は課長の話を聞いて、おまえから離れなくちゃいけないと思ったんだ」
潤の告白に、一度完成したかに見えたパズルが、新たに組み直されて行く。
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