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「あなたと俺が、恋におちたら~シェアハウスはパラダイス」番外編


 高倉海斗と春近裕也がシェアハウス『メゾン・パラダイス』を出て、越してきたのは、1LDKの賃貸マンションだった。
 春近の収入から言えば、もう少し家賃を出して2LDKの部屋を借りることも可能で、同居するならばそれぞれの部屋があった方がいいのかとも考えた。だが、まだ学生の海斗と賃料をシェアすることも考え、結局この部屋に落ち着いたのだ。
 駅からもほど近く、運よく角部屋が空いていて、日当たりも風通しもよい、いい物件だった。LDKのほかには、寝室になる部屋が一つだけ。だが「俺、裕也さんと一緒に寝たい」と、甘えるように海斗はそう言った。もちろん、春近に異存があるはずもない。二人は引っ越した日から、海斗の体格からすれば少々狭いセミダブルのベッドで抱き合って眠った。


<春近Side>
 今まで同じ所に住んでいたとは言っても、それは一つ屋根の下というだけだった。同棲というかたちで暮らし始めてわかったが、同じ部屋で暮らすということは、これまでとお互いの存在の濃密さが全然違う。空気さえも相手の吐息や匂いが混じって媚薬みたいだ。
 愛し合っている恋人同士が、そんな妖しい薬に打ち勝てるはずがない。海斗と春近は、食事や家事をしている以外は、常に相手に触れて抱き合っているような状態にはまり込んでいた。
 蜜月というにも濃すぎる毎日……特に海斗は堪え性がなく、春近に触れると彼を離すことができない。春近だって海斗に抱かれたいし、触れたかったけれど、でもこんなに執拗に求められると、身体の負担も相まって、ついつい余計なことに気を回してしまう……。
 海斗は、彼のこの状態は、もしかして――?
「あ、や……もう、許して……」
「やだ、もっと……もう一回……」
 何度も深く貫かれて、感覚のない春近の下半身。胸の頂だって、いじくられてヒリヒリしている。折りたたまれ、拡げられてを繰り返す諸所の関節も悲鳴を上げている。とにかくもう、ゆっくり身体を休めたかった。
「もう無理だって……あ、バカっ……ん――」
 シーツに投げ出した身体の上に、海斗の大きなそれがかぶさってきて、中を食われる……食い散らかされて、もう無理だと思ったのに、それでも意に反して身体は反応する。彼に吸い付いてしまう。
「あっ、あ、海斗――」
「あ、そんな顔しないで……だから、俺、やめられなくなるのに……」
 泣きそうな顔でそう言って、海斗は腰を激しく揺する。春近は、のたうちながら思う。もうだめ、もうほんとに限界――!
「ああっ!」
 ひときわ高い声が出て、春近が先に達してしまった。
もう出るものなんて何もないのに……ただ、身体だけが浅ましくひくひくと痙攣する。続けて達した海斗が身体を離し、そんな春近の汗で濡れた髪を掻きあげて、労わるような優しい声をかけた。
「無理させてごめんね……でも、裕也さんがいけないんだよ?」
 にっこり笑って否定されるようなことを言われた。無理だと言いながら感じまくった恥ずかしさも手伝って、春近は海斗の手を激しく振り払う。
 ここ最近、ずっとくすぶっていた海斗へのもやもやが爆発してしまう。
「じゃあ女の子と寝ればいいだろ! もともとノンケなんだから!」
「ちょっと裕也さん、何言って……! バカなこと言わないでよ! 待って……!」
 叫んだ春近は、驚いて混乱している海斗を置いて、散らばった服をかき集め、部屋を飛び出して行った。


<海斗Side>
「いや、ここには来てないけど? 連絡もないし」
 『メゾン・パラダイス』のオーナー、有坂良邦は、訪ねてきた海斗を迎え入れ、面白そうに答えた。
 目が、好奇心できらきらしている……この人を喜ばせるようなネタを提供するのは不本意だったが、あのまま二日も音信不通な春近を探すためだ。四の五の言ってはいられなかった。
 捨て台詞を残して春近が部屋を飛び出して行って、携帯は繋がらないし、職場では「お繋ぎできません」と言われる始末。ホテルにでも泊まっているんだろうかと思うけれど、もしかして、と海斗は、ここ古巣にやってきたのだ。
「しかし、同居一ヶ月にして家出なんて、穏やかじゃないねえ……よっぽど、お姫様は腹に据えかねたとみえる」
 嬉しそうに嫌味を放つ有坂に、彼の恋人で現在の同居人の一条が「そんな言い方よくないよ」とたしなめながら、海斗の前にコーヒーを置いた。
「それで、本当に何にも心当たりがないの?」
 有坂と違い、一条は優しく海斗に問いかけた。こんな言い方をしては失礼だが、クセのある有坂の相手が、こんなに穏やかで優しい人だなんて……彼に初めて会った時から、海斗は意外だった。でも、だからこそ、うまく行くのかもしれないが。
「わからないんです……急に怒って飛び出しちゃって」
 海斗はため息と一緒にコーヒーを口にする。
「でも、きっと何かすれ違いがあったんだよ……大丈夫。よく考えればきっとわかるよ。好きな人のことなんだから」
 不幸な事件を乗り越えて幸せを手にした一条の言葉には説得力がある。海斗は「はい」と小さくうなずいた。
 また、俺の悪い癖が出たんだ。よく考えず不用意に言葉を発して、相手を傷つけてしまう……。
「どうせ、毎日やりまくって頭がボケてたんだろ」
「ちょっ……やめてくださいよ、そんなこと言うの!」
 遠慮も会釈もない有坂は、かまわずに海斗の傷を抉る。しかも、それは限りなく図星だった。赤面する海斗を面白そうに見てから、有坂は少し真面目な顔をする。
「近づきすぎると見えないものもあるもんさ……それに、僕は前に言ったはずだよ。裕也は難しいって。本当は寂しがりのくせに――」
「……プライドが高くて意地ばかりはる」
 海斗が続けて答えると、有坂は「そうそう、よく覚えてるじゃないか」と笑う。
 その横で、一条が苦笑交じりに微笑んでいた。


<春近Side>
 とぼとぼと肩を落として帰っていく海斗の後ろ姿を、春近は二階ホールの窓から見下ろしていた。
 大きな背を縮こまらせた、海斗のその傷ついた風情に、春近の心がきゅっと痛む。心が揺れそうになったとき、一条にふと肩を叩かれた。
「高倉くん、今帰ったよ」
「……うん」
 そして、一条に伴われてリビングに降りると、有坂が事も無げに報告した。
「言われた通り、ここには来てないって言っといたから」
「ごめん、嘘つかせるような真似させて」
 春近が申し訳なさそうに言うと「別にいいよ。面白いから」と有坂は笑う。
「でも、本当に何があったのさ。まあ、別に言いたくなければ言わなくてもいいけど」
 有坂の問いかけに、春近は頬を赤く染めて睫毛に縁取られた目を伏せた。そんな春近を見て、有坂は口の中でぼそぼそと呟いた。
「……昼間っからこの色っぽさは罪だよな……高倉くんも気の毒に……」
「えっ?」
 よく聞き取れなくて、聞き返す。だが有坂は意味有りげに笑って言葉少なに答えただけだった。
「いや、別に」
そんな有坂の隣で、一条が心配そうな顔を向ける。
「高倉くん、だいぶん落ち込んでたよ。帰ってあげたら?」
「ケンカして実家に帰った嫁さんを迎えにきたダンナみたいだったよな」
「俺は女じゃない!」
 有坂の軽口に、春近は激しく反応した。彼のこんな冗談は今に始まったことじゃないのに……だが、流すことができなかった。
「ごめん……イライラして」
我に返り、春近は有坂に詫びた。
「そんなこと当たり前じゃないか」
 声を荒げられたことなどものともせず、有坂はさらりと返す。
「僕にはそういう風に言えるのにねえ……嫌われるのが怖くない相手には」
 春近は横を向く。尚も強がりを崩そうとしないその横顔に語りかけたのは一条だった。
「素直にならないと、大事なものを見失うよ……俺は間に合ったけれど」
「そういうことだ。そろそろこいつとイチャイチャしたいから、帰ってくれる?」
 有坂のそんな物言いは嫌味ではなく優しさだ。春近はそれをよく知っていた。

<海斗side>
『メゾン・パラダイス』から自分たちの住む部屋に戻った海斗は、塞ぎこんだままリビングのソファに座り込んでいた。
 あそこにも居ないとなると、これはもう、どこかホテルにでも泊まっているに違いない。電話帳の上からしらみつぶしに当たってみるか……でも、膨大なその数を思い起こし、そんなことは現実的ではないと考え直す。
 かつて、自分も彼を置いて『パラダイス』を出たことがあった。
 その時、残された彼もまた、こんなに不安な気持ちだったんだろうか。大好きなあの人に、俺はこんなに寂しい思いをさせたんだろうか……思い出し、海斗は自分を責めた。
 あの時自分は、まだ帰れないと思いながら、春近に会いたいとそればかりを考えていた。だから今、一番いいのは彼が戻ってきてくれることを信じて、戻りたいと思っていてくれることを信じて、彼の心に起こった嵐が過ぎ去るのを待つことだ。
 そしてその間に、自分の何が彼を傷つけたのかを考えるんだ。本当は寂しがりなのに、素直になれないあの人のことが、俺は可愛くて仕方ないんだから――。
 ソファの背に、春近のシャツがかけてある。
 あの日ベッドで脱がせたままの、そのシャツを胸に抱きしめ、海斗は顔を埋めた。
あれから毎夜、こうして彼の着ていたものを抱きしめている。春近の匂いのするそれがないと、眠れないのだ。彼がいつも使っているフレグランス――だが、そのシトラスの香りは日々薄れていって、彼がここにいないことを海斗に知らしめる。
「帰ってきてよ……」
 シャツに埋めたままの声はくぐもっていた。自分のじゃないような情けないその声を聞いて、海斗の中に新たな寂しさと不安が沸き起こる。帰って来る、きっと帰って来る。何度自分に言い聞かせても、やっぱり不安だった。
 毎日、毎日夢中になって抱いて……身体も辛かっただろうな。こんなでっかい俺を、あの細くて綺麗な身体で受け入れてくれて……もう許して、って言ってたのに俺は……。
 やっとわかった。有坂さんが言ってたこと。近付きすぎると見えないことがあるってこと。
 情けなくってしょうがない。こんな俺、愛想をつかされても当然だ。でも、どうしようもない。好きだという気持ちと触れたいという気持ちを切り離せないんだよ……。
 ぽつん、と涙がシャツの上におちた。自分が泣いていることを自覚したら、もう止められなくなった。
寂しくて、自分に腹が立って、感情にまかせて海斗は泣いた。こんなに泣いたのはきっと、子どものとき以来だ。いい年して恥ずかしいとか、そんなことはもうどうでもよかった。
「もう全部、俺が悪いんだよ! あんたのこと好きすぎる俺が悪いんだ!」
 泣きながら、ヤケになって叫んだ時だった。
「海斗……」
 リビングの入り口に、驚いた顔の春近が立っていた。真っ赤な顔で、少し唇を震わせて……。



<春近side>
「何やってんだよ……」
 いつまでも意地を張ってないで、そろそろ帰らないと……と思っての帰還だった。顔を見たら何て言おう――そんなふうに思っていたのに、号泣する海斗を見て驚いた心が、素直になることを邪魔してしまった。
「俺のシャツ抱いて号泣って、いったい何やってんだよ!」
「裕也さん!」
 海斗は跳ねるように立ち上がり、呆然としている春近を乱暴に抱き上げた。そのまま彼をぶんぶんと振り回し、泣きながら、めちゃくちゃにキスをする。
「ちょ……泣くなよ!」
「だって、だって……」
 わんわん泣きながら涙だらけの顔を押し付けてくる海斗に、春近の心が少しずつ溶け出していく。溶けて流れたものが、ついに強がりの蓋を押し開けた。自分を思って身も世もなく号泣する男に、俺はいったい何を疑っていたんだろう……。
「ひろ……裕也さん……」
 海斗はしゃくりあげた。
「ごめんなさい、俺、もう何が何だかわからないけど、とにかくごめんなさい。す……好きすぎて、とにかくごめんなさい」
 意味を成さない日本語に、でもありったけの思いが込められている。飾り気がないからこそ、それは海斗の本心だ。
春近は海斗の頭をぎゅっと抱いた。今度は春近が思いを吐露する番だった。
「俺はさ、おまえがあんまり際限ないから……だから、やっぱり男の俺じゃ満足できないんじゃないかって……それが不安だったんだよ」
 ぶっきらぼうながらも思いを言葉にすると、心が少しずつ軽くなるようだった。足らない言葉を補うように、春近は抱えた海斗の頭をそっと撫でる。
「そんなこと、あるわけないでしょ!」
 海斗は涙で汚れた顔を上げて抗議した。ケンカして帰ってきた子どもみたいだ……必死な彼には悪いが、そんなことを思う。
「だから女の子と寝ればいいとか言ったの? もしかして、俺が、裕也さんが悪いんだなんて言ったから……」
 春近はうなずく。
 言葉にするよりも、そうやって見つめられてうなずく方が、胸が締め付けられるほどに恥ずかしい――そんな自分をごまかすように春近は海斗の唇を塞いだ。
 ぎゅっと押し付けてから、舌を差し入れる。海斗は唇を開いて、その舌を巧みにさらった。お返しとばかりにちぎれるほどに強く吸い付かれる。
「あ……海斗……」
 自分の顔は今、互いの唾液と海斗の涙でぐちゃぐちゃだ――きっとだらしなくとろけているに違いない自分を思い、でもどうにもできなくて、春近はその濃厚なキスに従った。
「だから、そういう顔、するから……」
 困ったような顔で海斗は唇を尖らせる。
「だから俺、もうやめようって思うのにやめられなくて……そうやって俺のこと誘うから……」
「誘ってなんかない」
 春近は憮然として言い返した。
「誘ってるんです。もう、どうしようもないの。俺はマタタビに抗えない猫と一緒なんです」
「……人をマタタビにするなよ」
「じゃあ、媚薬だ。きっと俺は、一生ハマり続けるんです……」
 何だよ、結局悪いのは俺かよ……耳元で囁くと、海斗は笑った。
「言ったよね。俺は好きになったらしつこいから、覚悟するのは裕也さんの方だって」
 泣いたかと思ったら、もう、そんな生意気なことを言う。ほんとに、おまえってヤツは……。
「でも、ごめんね。身体を辛くしてごめんなさい。それは気をつけるから」
 春近の不安は消えていた。海斗が満足というリミットを越えて自分を求めていることがわかったから――。
 春近は海斗の耳朶を噛んだ。くすぐったそうに、海斗は身を捩らせる。全く、いい年して俺たちは何をやってるんだろうな。有坂の「まったく世話の焼ける」というため息が聞こえてきそうだった。
「……じゃあ、一生俺だけに溺れてろ」
「だから、そういうこと言うから!」
 のしかかってくる海斗に身を任せ、春近は彼に足を絡めた。そしてもう一度、耳朶を唇で捕える。
「ごめん。勝手に出て行って、心配かけて、ごめんな……」
 また泣きそうな顔をして、それから笑った海斗が、ぎゅっと抱きしめてくる。
 押し倒されて背中に触れたリビングのフローリングは冷たかったけれど、触れ合う素肌は温かだった。

 

END 

 

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