White Christmas
「カードはいかがなさいますか?」
クリスマスカラーのリボンでラッピングを終えると、店員はカードの入ったファイルを示した。
「いえ、けっこうです」
俺は曖昧に微笑んで、ラッピングされたプレゼントを受け取る。そもそも、このプレゼント自体、渡せるかどうかわからないのだ。しかもメッセージなんて……一体、今の俺がマキになんて言葉を贈れるというんだろう。
乱暴に抱いてごめんって?
おまえの過去にがんじがらめになってごめんって?
もうこの世にいない恋敵にこだわってごめんって?
――ほら。
俺は苦笑する。何をどうしたって「ごめん」って言葉しか出てきやしない。
本当は、今年はクリスマスプレゼントなんて買うつもりじゃなかった。でも、ここ数年のマキと出会ってからの習慣を絶つのは、まるでその関係そのものを絶つような気がして怖かったし、何よりも街中が浮き足立ってプレゼントを選ぶその幸せそうな風景に、とにかく便乗したかったのかもしれない。
去年のクリスマスは、休みを合わせて北の街へと二人で旅行に出かけた。
俺の腕の中で身じろぐマキは、窓の外に降り積もる雪よりも綺麗だった。俺は、その誰も足跡をつけていない新雪のようなマキに、夢中でアトを刻んだ。
汚れのない清浄な、綺麗な、綺麗なもの――。
でも、マキにはマキの歴史があって思い出があった。
ただ俺が今、それをどうしても直視できないだけで……。
俺は家路をたどる。いや、家路じゃない。マキと彼を取り巻く過去から逃げた俺は、誰も待つ者のいない、会社の寮へと足を向けた。
バスの停留所でふと空を見上げると、鉛色の空から白いものがちらちらと落ちてきた。
冷えると思ったら……ホワイトクリスマスがうれしい年でもないけれど、イルミネーションで彩られた空間に対して都会の足場は剥き出しのアスファルトが痛々しい。だから、街中が白いもので覆われればいい。そうしたら俺のすさんだ心も、その清浄さを借りて少しは洗われるかもしれない。そんなことを思って、胸に抱えたクリスマスプレゼントを俺はそっと抱きしめた。
思いは、去年二人で見た一面の銀世界へと帰っていく。
子どもとかかわる仕事をしているマキは自然の営みに敏感だ。雪だけじゃなく、風の冷たさ、雨が近づく匂い、うっとうしい蝉の鳴き声でさえ、毎日の彩りなのだと俺はマキに教えられた。
舞い落ちる雪を寒さで真っ赤になった顔で受け止めてはしゃぐマキを、俺は雪に足をとられながら追いかけた。捕まえて、抱きしめて、そのたびにキスをして……寒いのに汗ばんだ身体を熱いシャワーで流し、それから朝まで抱き合った。
「熱い……」
俺がマキの中に腰を沈めると、マキはうわごとのようにつぶやいた。
「熱くて溶けちゃいそうだよ……」
口調も表情も言葉の通りにとろとろになって、それなのに絡めた指には力がこもる。俺から離れまいとするかのように痛いほどに食い込む指に、俺はまた、どうしようもなく欲情した。
「あ、あ、急に動かないで……っ」
そんな懇願を受け入れる余裕など俺にはなかった。外の雪よりも清浄で、綺麗な綺麗なマキ。今、彼は間違いなく俺の腕の中にいるのに、どうしてこんなに時々不安になる――?
「雪、まだ降ってる……?」
俺の腕の中でゆらめきながら、マキは回らない舌で尋ねた。つながったままで身体を伸ばしてカーテンを少し開けると、その隙間からちらちらとゆれる白い影が映る。
横目で外を見て、マキは何を思ったのか俺にしがみついた。
「ほんとはクリスマスの雪って、あんまり好きじゃなかったんだ」
「どうして?」
意外な言葉に聞き返すと、彼は頼りなく笑った。
「――なんとなく」
そして、急に満面の笑顔で付け加える。
「でも、今は好きだよ。貴仁と二人だから」
何も言えなくて俺はもう一度、強くマキを穿った。これ以上、俺を不安にさせるようなことを聞きたくなくて、マキの思い出に触れることが怖くて、ごまかすように俺はマキを激しく抱いた。
「好き……好きだよ貴仁……もっと、もっと、あ……」
耳元で繰り返されるマキの睦言に、俺の不安と懸念はだんだんマヒしてどうでもよくなっていく。今、今幸せだからそれでいい。マキの中で自分を解き放ちながら、俺は無責任な幸せに酔っていた。
「来年のクリスマスはどうしようか?」
もう来年の話? 笑いながらマキは俺の頬を突つく。鬼が大笑いするよ、そう言って、マキは俺の胸に顔を摺り寄せた。
「二人でいられるなら、何でもいいよ……」
「お客さん、乗らないの?」
バスの運転手に声をかけられ、俺は我に返った。
すみません、と言いながらステップを上がり、開いたシートに身体を滑り込ませる。プレゼントを抱える幸せそうな人の中に埋もれて、俺はただ異邦人のようだった。
渡せないプレゼントを抱えて、果たせなかった約束を悔やんで――でも、どうすることもできなくて。ただ自分の弱さばかりに埋没して。
バスは粉雪の舞う街を滑り出す。マキの待つ家とは逆方向に、俺を乗せて滑り出して行く。
それは
365分の1の日常
感謝します
その日をあなたと過ごせることを
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