not enough
友也のキスは肉食獣のキスだ。
男同士で愛し合うやり方を彼に教えたのはぼくだったけれど、その乱暴なキスだけは、いつも好きにさせていた。
貪られ、食い尽くされるようなそのキスが、ぼくはたまらなく好きだったからだ。
でも、一度彼との別れを決めたとき、ぼくは友也に恋人同士がするような優しいキスを教えた。寂しい友也を、恋人としてではなくただ彼を守り癒す存在として居つづけることに耐えられなくなったぼくからの、それはせめてもの餞別だった。
そして、ぼくたちが真に恋人として再スタートを切ったとき、友也はぼくに、かつてぼくが教えた優しいキスをした。
「恋人たちのキス……俊樹さんが教えてくれたんだよ」
でも、ぼくはそんなのじゃ足らなかった。
「それもいいけど、友也のキスをしてくれよ。乱暴で、ぐちゃぐちゃの、すごくエロいやつーー」
友也の目は肉食獣のそれに変わり、ぼくは目を閉じた。
友也はぼくの唇に食らいついた。
顎をつかんで口を開けるようにと強要し、それ自体が生き物みたいに動く舌を艶かしく、そして傍若無人に蠢かせ、ぼくの口の中をこれ以上ないくらいに犯していく。
「あ……んぅ……」
ぼくは顔中の筋肉を緩ませて、ただ友也の舌だけを受け入れて堪能する。そんなぼくの降参を促すように、友也は激しく、ぼくの舌を吸い上げた。
「んあ……っ!」
その乱暴な狼藉にさえ、ぼくは歓喜に身を震わせる。淫乱極まりなく、そしてそれと同じくらいに友也が愛しい。
もっと、もっと。
そんなんじゃ足りない。
ぼくがどれだけ、おまえに飢えてたと思ってる?
目で訴えて、ぼくは友也を煽る。
もっと、もっとぼくを欲しがれ。
そんなんじゃ足りない。
白旗を揚げたのは、友也の方だった。
さっきイッたばかりなのに、友也のそこはもう熱く張り詰めて、早く楽にしてよとぼくに訴えている。
「触ってないのに?」
ぼくは少し意地悪になった。
「触ってないのに、こんなになってるんだ」
「だって、俊樹さんにあんなキスしてたら……」
友也は抗議するように唇を尖らせる。さっきぼくを貪ったその唇を、小鳥のくちばしみたいにして。
「好きなひとにあんなキスしてたら、もっと欲しくなるだろ?」
「--欲しい?」
「欲しい」
友也のその言葉に、貪欲なぼくはやっとうなずいた。
「もっとーー」
ぼくは、ぼくの中で息づく友也を締め付ける。自分でも驚くくらいに、身体が友也を求めてやまなかった。
友也は深呼吸するように息を吸い込んで、より深く、ぼくの中に自らを捻じ込んだ。
ぎりぎりと、じりじりと、友也がぼくの中に沈んでいく。ドロドロに溶けていてさえ抵抗感を伴う狭いそこが、押し開かれていくのがわかる。友也を受け入れる悦びで、ぼくの身体はより柔軟に、よりいやらしくなっていく。
友也は呻くようにぼくに尋ねた。
「もっと?」
「もっとーー」
「足りない?」
「足りないーー」
おまえを永久に失うかもしれないと思ったあの夜、
長くて長くて、もうずっと明けないんじゃないかと思ったあの夜、
暗い暗い深海の底のような夜に、ぼくは思ったんだ。
もう我慢しない。もう、欲しがる自分を抑えたりしない。
友也に欲しがられる自分を抑えたりしない。
だから、どうか友也を連れて行かないでください。
どうか、ぼくから友也をとり上げないでください――。
愛してるよ、友也。
だから、そんなんじゃ足りない。
足りないんだ。
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