It's a special day!

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「シルバーリング」クリスマスSS


「クリスマスイブ?」
 加納潤は、テーブルの向こうで目をキラキラさせている恋人――高科真治に聞き返した。
「うん、クリスマスイブ」
 真治は、何がそんなに嬉しいんだろうという顔で自分の答えを今か今かと待っている。彼のこういう顔は、すごく好きだけれど……でも潤には、真治がなぜそんなにクリスマスのことで興奮しているのかがわからなかった。
「どうやって過ごす? どっかディナーでも予約する? ホテルで一泊してもいいし」
「どうやって……って、別に普通の日だろ。平日だし、いつも通り仕事じゃないか」
 潤にしてみれば、別に皮肉を言ったわけでも、意地悪を言ったわけでもない。ただ思った通りを告げただけなのだが、その自分の言ったことに、真治はさっと表情を曇らせた。
「だって、つき合ってさ、初めてのクリスマスだよ。期待してるのは俺だけ?」
 なじみの居酒屋でモツ鍋をつつきながら、ディナーもホテルもあったもんじゃないだろう。正直、クリスマスに何の興味もない潤ではあったけれど、でも真治のそんな沈んだ表情には心が痛む。ましてや、彼にそんな顔をさせたのは自分なのだから。
「なんか潤はそういうの興味ない感じはしてたんだよな……でも、俺の誕生日は計画して祝ってくれたじゃん……」
 焼酎のロックをあおりながら、拗ねたように真治は言う。いや、拗ねているのだ。営業のホープだなんて期待されて、いつもバリバリ仕事している男が、自分の前ではすっかりグダグダだ。そして困ったことに、自分はそんな真治が可愛くてたまらないのだ。すっかりほだされている自分を思い、潤は宥めるように、真治の開いたグラスに新しい焼酎を注いでやった。
「だって誕生日は特別だろ。おまえが生まれてなければ、俺はおまえに会えなかったんだから」
「潤!」
 湯気の上がった鍋越しに、真治は潤の顔を引き寄せる。モツの味のする唇を押し当てて、真治は泣きべそをかいた。
「だから何で今、そういうこと言うかなあ……」
 この状況で、と言いながら忙しなく差し込まれた舌もまた、焼酎とモツの複雑な味がした。

 潤だって、もちろんプレゼントは渡すつもりだった。真治は外回りの多い営業だから、マフラーとか手袋とか、身体を温められるようなものがいいかと漠然と考えていた。
 でも、それだけだ。
 あとはまあ、普通に食事して、飲んで、次の日が休みだからどちらかの部屋に泊まることになるだろう。クリスマスといっても潤の認識はあくまでも普通の日で、特別な夜だという感覚は微塵もなかった。
 男同士だし? いや、自分の相手が女の子でも積極的にセッティングなんかしなかっただろう。相手の決めたことや用意したことに逆らうつもりはないけれど、クリスマスだからって、どうして日常を逸脱しないといけない?
 でも、真治の寂しそうな顔は心に引っかかっていた。きっと、真治の中では恋人と過ごすクリスマスは特別なものなんだろう。それならば、真治が喜んでくれるなら――それは俺にとっても価値のあることだから。
「24日はウチに来いよ……俺がその、いろいろ用意しとくから」
「用意?」
 昼休み、社食の自販機の陰で、潤は真治に小声で言った。
「やるんだろ……クリスマス」
「えっ!」
 真治はその場で飛び上がらんばかりに驚いた。周囲の者が思わず振り返ったくらいだ。
「いいの? 好きじゃないんだろ、そういうの……」
「いいんだよ。それでおまえが喜ぶなら」
 真治は泣きそうな顔をした。そのあとで送られてきたメールには、忙しないクリスマスの絵文字が点滅して『俺もうダメ。めちゃめちゃ潤にチューしたい。おまえのことぎゅうぎゅうしたい』と記されていた。
「……ガキなんだから」
 潤は呟いて、そのメール画面をそっと撫でた。

 そして24日。
 仕事を定時で終えた潤は、家に飛んで帰った。
 途中で、予約しておいたケーキとオードブルを取りに行って、バゲットも買った。ワインとチーズは早めに買って冷やしてあるし、そして今回初めて、料理を作ってみたのだ。
 潤は料理は苦手で、いつも作ってくれるのは、器用な真治の方だった。でも、今回はどうしてもがんばってみたかったのだ。何度も失敗作を自分で食べて、そして夕べやっと、まともなビーフシチューが完成した。あとは温めるだけで準備万端――。
 本当は、クリスマスって何をすればいいのかわからなかった。実家もこういうイベントごとには淡白だったし、なんとなく映画やドラマのイメージで、あと、ネットでいろいろ検索したりして、何とかディナーのテーブルをしつらえたというわけだ。
 ビーフシチューやオードブルを食べるとなると、食器もそれなりのものがほしくなって、結局二人分の白いボーンチャイナのセットを買った。カトラリーもワイングラスも揃えて……仕事が終わってからこうした準備をするのは大変だったけれど、でも、そんな諸々を楽しんでいる自分に気がついて、潤は心が温かくなった。
 真治のおかげだな……無味乾燥だった自分の生活に、真治は温かさと色彩をくれる。いろんな初めてを教えてくれる。
 初めて誰かのために料理を作って、食器を買って、自分以外の誰かの喜ぶ顔が見たいがために。
「ああ、そうか」
 潤は一人で笑った。だから「特別」なのか。
 玄関ドアのチャイムが鳴る。テーブルの上のクリスマスツリーの電飾のスイッチを入れ、部屋の灯りを消してから、潤は玄関のドアを開けて真治を迎え入れた。
「メリークリスマス」
 少し照れて台詞を口にした潤を、真治は飛びつくように抱きしめてその場に押し倒した。めちゃくちゃにキスをされ、顔中が洪水みたいになる。
「潤……潤」
 泣き声で自分をまさぐる真治の指に、身体に、言い訳できない熱がこもる。あやすようにそんな彼に触れると、真治は恥ずかしそうな顔を上げた。
「ごめん……俺、感激して……いきなり押し倒したりなんかして」
「いいよ……このままで」
 潤は真治の顔を両手で挟み込む。ワインは冷えてるし、シチューはあっためればいい。電飾のまたたく中で真治に抱かれるのも悪くない。だって今日は、特別な夜だから――なんてったって、俺が初めて、おまえのために料理を作った夜なんだから。
 潤は真治にキスを返して、はちきれそうな彼のそこをやんわりと撫でた。真治は戸惑いながら問い返す。
「ここで?」
「うん、ここで……」
 いたずらっぽく笑って、潤はそっと真治の首に腕を回す。
 真治の身体の下で見たツリーの電飾は、今まで見たどんなイルミネーションよりもきれいだと、潤は思った。

メリークリスマス
呪文を唱えよう
昨日よりほんの少し
幸せになれる気がする



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