Bitter&Sweet

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「シルバーリング」番外SS


 2月12日
 高科真治は焦っていた。14日まで、もう日がない。今日こそ……今日こそ何とかしなくちゃ、潤に渡すチョコレートを買わなくちゃ。
 明後日は聖バレンタインデーだ。
 自慢じゃないが、小学生の頃からこの日にチョコレートをもらえなかったことはない。だから、かえってバレンタインに深い感慨を抱いたことがなかった。
 その日は「女の子からチョコレートをもらう日」として、真治は認識していた。幼い姪っ子から、その時付き合っている彼女に至るまで――義理も本気も様々なチョコレートをもらう日だった。
 だが、今年はそんな自分の認識を「何て思い上がってたんだ」と真治は痛感している。まさか男である自分がチョコレートを贈ろうという気持ちになるなんて、よもや思いもしなかった。しかもそれは、義理でも友でもない。正真正銘、本気のチョコレートだ。
 去年のクリスマス――本来イベントごとにまったく興味のない恋人が、自分のために素晴らしいクリスマスを演出してくれた。
 自分を喜ばせようと、そのポーカーフェイスの下で彼なりに考え、工夫し……真治は改めて身も心も潤に夢中になった。
 だから今度は自分の番だと思う。バレンタインなんて潤にすればクリスマス以上に興味がないに違いない。それこそ、企業とマスコミの煽りだという認識しかないだろう。だが、潤に自分の心を伝えられる機会ならば何事も逃したくない。
 だから彼にチョコレートを贈ろうと思ったのだ。たとえそれが企業の販売戦略に載せられているのだとしても、この世に「愛を告げる日」があるのなら。
 だから真治は一歩を踏み出した。男である自分の未知の領域。恋する女の子たちであふれかえるチョコレート売り場へ、いざ。

 だがそこは思ったよりも「戦場」だった。値段も種類も多すぎて、何を選べばいいのかわからない。そこに年齢も雰囲気も様々な女性たちが殺到しているさまは、ちょっとした脅威だった。
 女性の中に、男がひとり……それだけで奇異な目を投げかけられ、「俺だってチョコで愛を伝えるんです」と目で訴えながらも場違い感は否めない。
 デパートの特設会場は諦め、某高級ショコラショップへも行ってみたが、そこはそこで男性客はもっと目立った。残るはスーパーやコンビニ……値段や質ではないとわかってはいても、そういうところで簡単に済ますのも抵抗がある。
 そんな中途半端な気持ちのままに、2月12日は過ぎて行った。

 2月13日
「食事に行かないか?」
 潤の誘いを真治は断腸の思いで断った。もちろんチョコレートを買いに行かなくてはならないからだ。仕事が終わらなくてさ、と苦しい言い訳が潤に通じたかどうかはわからない。だが、あっさりと潤は「わかった」と答えた。
「じゃあ、明日は空いてる?」
「うん、明日なら……」
 明日、という響きに真治は消極的になる。だが、自分だって明日はどうしても潤に会わなければいけない。そのためにも――。
「じゃあ、直接ウチに来て。夕食は何か用意しておくから」
 潤はそれだけ言って帰って行った。潤が必要以上に愛想がないのはいつものことだが、真治は今日に限って、そんな潤が気にかかって仕方なかった。それはそのまま焦りとなって真治の心を重くした。

 2月14日
 ――もう、俺ってやつは……。
 潤の住む部屋に向かいながら、真治は何度目かのため息をつく。チョコレートは結局買えなかった。気遅れがして、周囲の視線に耐えられなくて。だが、それは自分が過分に気にしていたからで、案外みんな自分のことで精いっぱいだったのかもしれない。それほどに、バレンタイン前日のチョコレート売り場は殺気立っていた。
 取りあえず、コンビニで普通の板チョコを買った。ラッピングされたものは自分に負けた気がして買わなかった。
 ――負けるって何にだよ。
 それはたぶん、女の子に交じってチョコレートを買うという自分に負けたということだ。俺が潤を好きな気持ちはその程度のものだったのか? とそんなことまで考えた。
 たかがチョコレート。されどチョコレート。
 真治は味気なく反芻しながら、潤の部屋のドアを開けた。

 二人で宅配のピザを食べてビールを飲んだ。テレビのニュースが、今日のバレンタインの熱狂ぶりを伝えている。真治はいたたまれなくなって画面から目をそらす。潤はいつもと変わりなく、淡々と食事をしてビールを飲んでいた。
 チャンネルを変えようと、真治がリモコンに手を伸ばしたとき、その手元にラッピングされた箱が置かれた。
「チョコレート」
 潤は単語を言った。
 真治がわけがわからないでいると、潤はもう一度口を開いた。
「今日、バレンタインデーだったろ?」
「潤!」
 それが自分へのチョコレートだと気づき、真治はその場に立ち上がる。そして、懺悔するように胸の前で手を組み合わせた。
「俺に? 俺に買ってくれたの? 潤はこういうイベントごとは嫌いなんじゃ……」
「クリスマスのとき、おまえすごく喜んでただろ? だからきっと今回も喜ぶんじゃないかと思って」
 業務報告をするように、淡々とすごいことを言う恋人を真治は夢中で抱きしめた。驚いている顔に何度も何度もキスをする。
「俺、俺も買おうと思ったのに……でも、あの雰囲気に圧倒されて……潤は平気だった? チョコ買うの恥ずかしくなかった?」
 綺麗にラッピングされたそれは、スーパーやコンビニで簡単に買えるものではなさそうだった。潤がどんな顔で女の子たちの渦の中にいたのか……きっといつものようにポーカーフェイスだったには違いないだろうけど。
「なんで? 金払って買うのに何の恥ずかしさがあるんだよ? 普通に買い物だろ?」
 答える潤を、真治はまじまじと見る。
 ――かなわないや……。
 俺は今回、自分に負けたけど潤にも負けた。勝ち負けで言うのはおかしいけど、俺はやっぱり潤にはかなわない。
 真治はもう一度、潤をぎゅっと抱いた。
「キスしていい?」
「今更聞くなよ……」

 深く唇を合わせてしまえば、もうお互いを止められない。
 指も、腕も、足も、舌も絡めて、ソファの上でもつれ合う。普段はクールでも、抱き合えば潤は驚くほど悩ましい反応を見せる。彼自身、きっと気づいてはいないだろうけど、服を着ているときと来ていないときの温度差に真治はひれ伏すばかりだ。
「しんじ……」
 吐息とともに、潤の声が真治の耳に届く。
 ん? と言いながら顔を近づけると、潤は泣きそうな顔をしていた。
「チョコレート、いくつもらった?」
 真治がきょとんとしていると、「義理じゃないやつ」と潤は付け加えた。
「ああ、潤にもらったコレだけだよ」
「嘘だ」
「どうして嘘つく必要があるんだよ」
「だっておまえ去年は……」
 腕の中にいるときの潤は素直だ。真治はそれが嬉しくて思わず笑顔になる。そんなことを言う潤がかわいくてたまらない。
「潤には隠し事したくないから正直に言うけど、義理じゃないやつは断ったよ。俺には真剣につきあってるやつがいるからって。そいつのことが好きで好きでたまんないからって」
 とたんに潤の顔が朱に染まる。そんな自分を隠すように、潤はクッションに顔を埋めてしまった。
「潤――顔見せて」
 抗う上半身を抱き起して、その唇を塞ぐ。尚も逃げようとする顔を固定して耳朶に触れると「んっ」と甘い甘い声が漏れた。
「嫌だったんだ……おまえが、他の誰かからチョコレートもらうなんて……」
 潤んだ目が涙でとろけそうだ――真治は潤の睫毛を舌でなぞった。
「潤って、チョコレートみたいだ」
 後ろに滑り込ませた指を動かしたら、くちゅっと濡れた音がした。
「どこもかしこもとろとろで、ほろ苦くて、すごく甘い……」

チョコレートで
愛がつなげるハズはなし
わかっていても
魔法にかかる


END


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